若山牧水について

Bokusui Wakayama

旅、酒、自然、そしてふるさとを愛した歌人・若山牧水。
その生涯を歌にささげた若山牧水と延岡との繋がりをご紹介します。

若山牧水の生涯

明治、大正、昭和にわたり日本歌壇の明星と仰がれた若山牧水は、明治18年8月に宮崎県北部の山間、東臼杵(うすき)郡東郷村(現・日向市東郷町)坪谷で生まれました。同地の尋常小学校を卒(お)え、11歳で延岡高等小学校に入学した牧水は、その後県立延岡中学校を経て、明治38年に早稲田大学に進学するまでの多感な8年間を延岡で過ごしました。牧水の詩情は、生まれ故郷の東郷町で芽生え、延岡の8年間で大きく育っていったのです。

ご存知の方も多いのですが、『牧水』の号は母の名「マキ」と、幼き日釣り暮らした生まれ故郷東郷村の坪谷川の「水」からつくられたもの。旧制延岡中学校在学中のことでした。牧水の本名は「若山 繁」。「延岡は、繁が牧水になったまち」なのです。

”梅の花今や咲くらむわが庵(ゐほ)の 柴の戸あたりに鶯(うぐいす)の鳴く”
(16歳の時に初めて作った歌)

大正4年、35歳のとき牧水は、東京から静岡県の沼津に転居し、そこを永住の地としました。富士を仰ぎ、潮騒や松風を聞きながら、晩年の幾多の秀歌を残しました。牧水は昭和3年9月17日に43歳で永眠しましたが、ふるさとと旅と酒をこよなく愛したその生涯は、旅情豊かな歌とともに広く世に親しまれています。

若山牧水